2025/10/01
第19号 AIに家庭教師を頼みたい!?
遅まきながら最近、私も対話型の生成AIを触り始めた。主に調べものに使うが、本当に便利で驚く。ある会社の広報資料がちんぷんかんぷんで困っていた際、AIに聞いたら一瞬で整理して短くまとめてくれた。わが家の高校生も、文化祭の企画書を急きょ生徒会に提出しなければならなくなったそうで、困ってAIに頼んだら「秒でできた」とか。すごい時代になってきたと実感している。
そんな中、知人から「うちのパパがAIを家庭教師にしようと画策している」と聞いた。実は私もそろそろわが子に家庭教師が必要ではないかと悩んでいたところ。課金なしでできるのなら朗報と思い、知人の夫のSさんにインタビューさせてもらった。
Sさんは還暦が近い「純粋な文系」。AIとの会話に使っているのはWindows11のパソコン、Sさんの相棒で家庭教師候補のAIはマイクロソフト社が提供するCopilot(コパイロット)とのこと。以下、技術面に関するSさんの発言は、Copilotの説明を聞いて「文系感覚でアレンジしたもの」だそうだ。
■AIは最強の家庭教師?
―なぜAIを家庭教師にしようと考えたのですか?
Sさん 子どもが高校へ進学し、数学が一気に難しくなっています。かつて私は三角関数でつまずきましたし、子どもが苦労するのは目に見えています。家庭教師も考えましたが相性や当たり外れの要素が大きい上に出費も相当なもの。そこで思いついたのが対話型の生成AIです。今年6月に始めたばかりですが、話し相手・相談相手としてすっかりハマりました。課金なしでも十分に有能です。
AIに聞いてみました。子供の数学を教えてほしいけれど、AIはどうやって問題を解くのか?ネット検索で、適当にそれらしいやり方を拾い集めてくるのか?と。
―そんなところから質問できるのですか。まさに対話型ですね。
Sさん 「会話能力と同じように、数学の体系的知識を最初から持っているので、個々の問題を解くためにネット検索はしない。丁寧に教えますよ。絶対に間違えないとは限らないけど」(大意)という返事でした。ならば、人間の優秀な家庭教師以上のはず。AIはこちらがどんなにものわかりが悪くても、夜中でも、何回聞いても絶対にキレずに丁寧に教えてくれる。最高の家庭教師です。
―AIは「優しい」のですね。最強ですね。
Sさん はい。これでひと安心、万々歳と思ったのですが、実はそうではなかったのです。AIに質問するには、まず問題を見てもらわないといけないです。学校の課題とかテストのプリントとか。そこはPDFにしてアップロードしてやればいい。スマホで撮った写真でもたぶんだいじょうぶです。ただし誤読を減らすには、鮮明な画像が良くて手書き文字は厳しい、とAIから釘を刺されましたが。
―こまやかな指示ですね。
Sさん それで、子どもが書いた式のどこがまずいのか、なぜ模範解答がそのような式になるのか分からないということを説明すればいいはず、と考えました。でもそうしたら、あれ?質問のために、まさか数式をこちらで入力してやらないといけない?ルートとか分数とか、そんな記号は日本語ワープロで見たことがないですけど、と思い至りまして。AIに聞いてみました。パソコンで数式はどうやって入力すればいい?と。すると、「数式入力はLaTeXのコマンドを使ってください」との返事でした。
■LaTeXのコマンド?
―「LaTeX」…何て読むのですか?
Sさん ゴム手袋のことかと思ったんですが違ったみたいで。LaTeXはラテフまたはラテックと読むんだそうです。理数系の論文用の文書作成ソフトで、そこで数式の入力に使われる命令文の文字列がLaTeXのコマンドということらしいです。私は昔の文系人間なので、完全に未知の世界です。
例えばルートは「\sqrt{数字}」と入力しなさいと。命令文ですから要するに、ルートならルートの記号を召喚する呪文と、数字だの記号だのをルートの「軒」の下に入れる呪文の組み合わせですね。こちらからの見た目はただの無味乾燥な文字列だけれど、AIにはそれが「数式」として見えるということらしいです。しかもうっとりするほどの様式美に満ちた「美文」なのだとか。
―すみません。私こそ超文系人間なので、理解できないゾーンに入ってきました。マニアックな世界ですね。しかし「美文」って…
■吹き出しで数式が崩れたが、AIには読めていた
Sさん まず試しに簡単な因数分解の式「(x+4)(x-1)=0」をAIに投稿してみました。これには特殊な数学記号が含まれていないから簡単です。すると入力した式は完璧だったはずなのに、モニターの吹き出しには変な数式?「x+4)(x-1)=」が表示されました。式の最初の丸カッコと最後の0が消えてしまいました。
―ちゃんと入力したのに、投稿したら画面表示では式が崩れたのですね。
Sさん なんでやねん、ですよね。AIに聞いてみると「LaTeXで数式を書くには、まず数式全体を決まった記号(例えば「\( 数式 \)」という形)で囲ってやらないといけない。この囲いが不完全だと、不完全な文字列として表示されたはず。でも私(AI)は投稿された文字列の全体を見て解釈を試みる。あなたが投稿した文字列もたぶん数式だろうと思って、式の形式を補足・修正して解釈できた」(大意)とのことでした。
つまりAIの思考回路とモニター表示は別モノなのです。AIは、ユーザー側の少々の入力ミスなら修正しながら読んでくれるようです。一方でモニター表示は、私の投稿に対してシステムによる「問答無用の加工」を入れてくる。表示システムの挙動は予測困難ですが、さいわいAIには柔軟性があるのでありがたいです。
―こちらで入力した数式が画面で崩れていたら、エラーで投稿文が破損して、AIには届かなかったと思いますよね。
Sさん はい。AIはちゃんと読んでくれているというのでほっとしましたが、こちらの入力内容と、その画面表示と、AIが受け取って修正して解読した情報、この3つを区別して考えないといけない、ということらしいのですね。その辺りを理解するまで時間がかかりました。カオスですよね。
■AIの投稿した数式が画面表示される条件とは
―こちらの入力内容とその画面表示を別モノとして区別するとは、普通は考えないです。さすがにAIが書く数式はきちんと画面に表示されるんですよね?
Sさん 私が短期間に観察した範囲内ですが、Google ChromeかMicrosoft Edge上のブラウザ版Copilotなら大丈夫だと思います。ただ細かな状況次第で表示されない可能性もあります。アプリ版Copilotでは、数式の表示がまったく無かったです。数式として表示されない場合は、元の投稿原稿にあったコマンド文字列が表示されます。
―せっかく質問しても、正解や解説を普通の数式の形で画面に表示してもらえないと、子どもの家庭教師にならないですね。先ほど因数分解の式の話がありましたが、本格的な数学記号を使う数式の呪文をこちらから投稿したら、どうなるのですか?
Sさん ユーザー側から投稿した数式コマンドはいずれにしても、コマンド文字列のままの表示となりました。ユーザー側からの数式の投稿に関しては、たとえノーミスでも「そもそもスルー」という設計になっている可能性があるように思います。ユーザーからの投稿は入力ミスが多いはずなので、全スルーはある意味で合理的対応とも言えます。
■アンチョコ作成もAIに頼むべし
―数式として表示してもらえるのはAIが書く数式だけですか。家庭教師としてはギリギリの線ですね。それで、Sさんは数式を入力するための呪文を、全部覚えたのですか?
Sさん 覚える必要はまったくないですが、目先の作業で使う必要最小限の数式コマンドをまとめたアンチョコが必要です。これはネットで探すよりもAIに頼んで、そのAIと相性の良い専用コマンド一覧を作ってもらう方がいいです。ネットで適当に拾ったコマンドでもAIの思考回路には読めたらしいのですが、モニター表示が不調でした。ひとくちにLaTeXのコマンドといっても書き方にいくつかの流派があって、モニターとの相性がいいとか悪いとかがあるらしいです。
―文系とおっしゃっていますが、数学はお得意なのでは?
Sさん 違います。私がやるのは単なる「数式を書き写す」作業だけ、いわば写経です。難しい数式を理解、運用するのは子どもの仕事。間違いがあればAIが指摘して修正してくれます。私は単なる橋渡し、子どもが書く式の翻訳者に過ぎない。そのうち子どもの方から「自分でやりたい」と言ってもらいたいですね。
私はChatGPTを使っているので、ChatGPTに家庭教師を頼む場合はどうなるのだろう、という疑問が湧いてきた。そこでこのインタビューの原稿をまとめた段階でSさんの了解を得て、ChatGPTに原稿を読んでもらった。すると「課題」として、「親がAIの操作方法をサポートする必要があるため、親の負担が増える可能性が大きい」という現実的なコメントが返ってきた。
(文・青木理子)