生協知っトク情報(投稿者: wpmaster

2025/04/01
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第17号 楽しみ方あれこれ 展覧会最前線

 展覧会を紹介する原稿を時々書いている。会期が始まる前日に開かれる内覧会に参加し、学芸員の方のレクチャーを聞き、展示内容を見て、資料を確認しながらまとめる。展示品についての文章をあれこれ考えるのは楽しい。とはいえ展覧会は、好きな人はたびたび足を運ぶものだが、まるで興味がない層もいる。修学旅行以来、美術館に行っていないという知人に言わせると、「黙って絵を眺めるのが苦痛」「敷居が高くて行く気にならない」のだそうだ。

 だが最近の美術館は、そのような人々にも足を向けさせるべく、いろいろと仕掛けを用意している。以下、いくつか挙げてみる。
1、タレント
 音声ガイド(音声による作品解説サービス)の声や展覧会アンバサダーとして人気タレントを起用。タレントの声や、等身大パネルなど会場に設置されたビジュアル目当てに、ファンがライブ感覚でやってくる。
2、グッズ
 名画をモチーフにしたお菓子や文房具、Tシャツ、トートバッグなど、併設のミュージアムショップにずらりと並ぶ。観覧料以上の額をショップで費やす人も多い。
3、コラボ展開
 「作品をイメージした」という見目麗しいランチやデザートをミュージアム内または近隣レストランで提供。ホテル宿泊とコラボしているケースも。入場券が付いている(もしくは割引)ことも。
4、撮影OK
 かつては美術館の展示品はほとんどが撮影禁止だった。今は大抵の展覧会で「撮影OK」の表示が付いた展示品がある。「撮影してSNSにあげてほしい」とはっきり明記されている場合も。「オール撮影OK」すらある。そのような展覧会では、皆がスマホを持って1点ずつ撮影しているので、鑑賞というよりも撮影会の様相だ。

 上記の中でもとくにPR効果が高いと感じるのは「4」だ。展覧会に限らず、何か行動を起こす際、事前にSNSで調べるのは一般的なことになった。テレビや新聞などの“オールドメディア”よりもSNS情報を重要視している人が増えたためか、最近の内覧会にはインフルエンサーと呼ばれる人たちも参加している。時代は変わった。

 一方、展示そのものが目新しい場合もある。一例を挙げると昨秋、大阪中之島美術館(大阪市北区)で開かれた「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアートコレクション」。TRIOというタイトル通り、作者も年代も異なる3作品をセットにして展示していたのが特徴的だった。たとえば「夢と幻影」と題した3点は、作者がシャガールとダリ、そして三岸好太郎。ウサギとロバが合わさったような架空の動物、不気味で巨大な雲、雲の上で飛ぶ蝶の群れと、一見バラバラの主題が描かれているのだが、絵の前に立って見比べているうち、3作品に言葉では説明しがたい共通性を感じるではないか。展示形式に鑑賞のヒントを与えられた。そんな経験は初めてだった。

 年始に見た展覧会「モネ&フレンズ・アライブ」(神戸市中央区のKIITOホール)は、方向性は異なるものの、斬新だった。展覧会といっても静寂の空間に作品が並ぶ会場ではない。モネやルノワール、セザンヌなどの有名な印象派絵画が映像化され、次々にスクリーンや床に映し出されるという趣向。映像に合わせ、誰もが知るクラシック曲が大音量で流れ、時にはほのかに香りまで漂う。絵がスクリーン用に拡大されているので、印象派らしい大胆な筆遣いもはっきり見える。そこには、「音楽や香りの力も借りて、拡大画像の印象派絵画をどうぞ隅々まで味わって!」という、大いなるサービス精神があった。ちなみにこのような展覧会は世界的にも人気なのだそうだ。

 展覧会を楽しむ間口が広がってきたことについて、美術ライターの池本新子さんは「アイドルやグッズなどを入り口として、これまで展覧会に縁がなかった人もアートに触れるチャンスが増えた。すばらしいこと」と評価。「本物を間近で見ることによって、美術に開眼する可能性がある」と期待を寄せる。

 最後になったが、関西に住む皆さんに直近の展覧会情報をお伝えしたい。ご存知の方も多いと思うが、この4月から6月にかけて、教科書に登場するような国宝を含む名品ぞろいの展覧会が京都、奈良、大阪で開催される。京都国立博物館「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」(4月19日~6月15日)、奈良国立博物館「超 国宝―祈りのかがやき―」(同)、大阪市立美術館「日本国宝展」(4月26日~6月15日)の3展覧会で、うち京都国立博物館と大阪市立美術館は「大阪・関西万博開催記念」と銘打ったもの。インバウンドを主なターゲットにした企画なのかもしれないが、われわれ関西人にとって好機である。これほど多くの国宝が集中するタイミングは、東京以外ではまずあり得ないから。なんと、大阪市立美術館には金印「漢委奴国王」もやってくるそうだ(展示期間は5月7日まで)。めったにない機会、時間を作って各館に足を運んでみてはいかがだろう。

(文・青木理子)

2025/01/06
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第16号 空き家の持ち主になったら

 不用品の整理をする目的で、ここ2年ほど頻繁に実家に帰っている。先日、片付けの合間に近所を歩いていたら、目と鼻の先にある一軒家が伸びきった草木で覆われているのに気付いた。子どもの頃、「立派なお屋敷だなあ」とあこがれていた家だ。奥さんはお花の先生をしていて、今もその看板は残っている。だが母によると、奥さんが亡くなり、空き家になったらしい。母は奥さんと交流があったので、屋敷の周辺の草むしりをしているといい、「でも敷地内には入れないから、庭はジャングルみたいになって…」とため息をついていた。
 今はどこを歩いていても、そんな家を見る。なかには「ここのお隣さん、たいへんだなあ」と心配になるほど荒れた様子の建物もある。だが決して他人事ではなく、「空き家をどうするか」は、ほぼすべての人にとって無関係ではいられない問題だ。今回は、空き家問題にくわしい京都女子大学家政学部生活造形学科の井上えり子教授(住宅計画)にお話をうかがった。


 総務省が2024年4月に発表した住宅・土地統計調査によると、国内の住宅総数に占める空き家の割合は過去最高の13.8%。前回調査の2018年から0.2%上昇した。空き家の数も900万戸と過去最高に。空き家が増え続ける背景には、人口減少、少子高齢化があるが、井上教授は「人口が密集する都市の空き家は、異なる問題をはらんでいる」と指摘する。

―井上先生は、京都市空き家対策検討委員会の座長をはじめ、大阪府高槻市や枚方市などの空き家対策協議会委員もお務めです。都市部が抱える空き家問題の現状について教えてください。

井上教授 都市の空き家の特徴は、そこに住みたいと思い、家を買いたい・借りたい人はいるが、建物の所有者が手放さないので空き家のままというケースが多いです。私が空き家対策活動に取り組んでいる京都市東山区六原学区も、住みたい人はたくさんいますが、入居できる物件は少ないです。

―なぜ放置される空き家が多いのでしょうか。

井上教授 ひと言で言うと「所有者が無自覚だから」です。そもそも一般庶民が家を所有し始めたのは、国が「持ち家政策」を始めた戦後のこと。戦前だと家を持っている人は大都市で2割くらい、8割は長屋など賃貸住宅に住んでいました。長屋の住人は住宅の維持管理について考える必要はなかった。また多くの人にとって、教育課程の中で、家の維持管理について教わり、学ぶ機会はありませんでした。そんな中で家を所有し、責任を感じないままに放置しているのだと思います。分譲マンションの場合だと区分所有法があり、維持管理のために積立金が必要となりますが、戸建ては法律がなく、所有者に任されています。

―日本の住宅史も影響しているのですね。先生はどのように空き家対策活動を始められたのでしょうか。

井上教授 活動を始めたのは18年くらい前です。所有者にアンケートを行った上で、空き家を活用してもらえませんかと呼び掛けました。でも、売るにしろ賃貸に出すにしろ、先祖代々住んでいたとか、自分が育ったとか、それぞれ家への思い入れがあり、難しかった。また、人に貸すということは賃貸事業の事業者になるということなので、高齢の方が多い所有者にとって、そこも1つのハードルになっています。「それではせめて適切に維持管理しませんか」との提案を込めてスタートしたのが、2015年から学生とともに行っている「空き家見守りボランティア」です。

―メンバーは、井上先生のゼミの学生さんたちでしょうか。

井上教授 はい。鍵を預かり、学生が空き家の換気、庭木の簡単な剪定、建物にゆがみや雨漏りがないかのチェックなどを月1回行っています。何かあったら都度所有者に連絡するほか、気付いた点を写真付きの報告書にまとめて郵送しています。

―換気からゆがみチェックまで。こまやかな対応に所有者の方は喜ばれているのではないでしょうか。

井上教授 換気は大切です。湿気が一番住宅の寿命を縮めます。それともう1つ重要なポイントは、私たちが所有者とつながっている、連絡を取り合える関係になっているということです。学生が見守りに行った時、隣家の人から「庭木がはみ出ている」と指摘されることがある。間に学生が入ると、直接は言いづらいこともスムーズに所有者に伝えることができると感じてもらえているようです。私たちの介在は、トラブル回避のクッションにもなっています。

―たしかに近隣の方とのやりとりは非常に気を遣いますね。

井上教授 ご近所との関係性は空き家問題に大きく関わってきます。空き家があると建物倒壊や不法投棄の恐れ、周囲の景観・治安の悪化、害虫が発生する可能性などご近所への悪影響が出てきますし、地価にも影響します。空き家一戸の問題ではなく、地域全体の問題なので、所有者とご近所はつながった関係であるのが望ましい。心理的な意味でも、月に1度、お仏壇を参りに所有者が空き家に戻ってくるだけでも、ご近所に安心感が生まれます。

―ご近所に対して、空き家を放置していないというメッセージを送ることが大切なのですね。

井上教授 そうですね。自分だけの家という考えでなく、地域の中の1つの家であるという感覚を持つこと、その姿勢をご近所に伝えることはとても重要です。そして、私たちが見守り活動を続けるうち、所有者ご自身の意識が高まってきて「屋根の修繕が必要だから活用しようかな」と言ってきてくださったこともありました。

―すばらしいですね。

井上教授 空き家になった瞬間から、その状態がずっと続くとイメージされがちなのですが、空き家になると家は一気に傷んでいきます。その傷んでいく状況をちゃんと伝えていかなければと思っています。空き家は維持管理しなければならず、そしてできれば活用した方がいいということを多くの人に知ってもらいたいです。

―今後も空き家は増え続けていくと予測されています。少しでも空き家を少なくするために、これから私たちにできることはあるでしょうか。

井上教授 そもそも家は所有する方が良いのか、考えてみてはどうでしょう。国が住宅ローン減税などの政策を行い、私たちは持ち家の方がなんとなく得のように思い込んでしまっていますが、維持管理をするのはたいへんです。賃貸の方が気楽で便利かもしれません。ただ、今、市場に出ている賃貸物件は、最終的に持ち家を目指すまでのワンステップ的な住まいになっていて、ずっと住み続けたいと思うような賃貸住宅はなかなかありません。魅力的な賃貸が増えたら、そこに住む人も増え、難しい維持管理はプロに任せるという理想的な状況になるのではないでしょうか。最近、若い人の間では、車も墓も持たなくて良いという風潮がある。住宅事情も変わるチャンスだと思います。ただ、賃貸だと高齢になった時に家賃を払えるのかという不安がつきまといます。たとえば高齢者になったら家賃を減額するなど、新しい契約形式を含めて賃貸事業者に考えてもらえたら。持ち家であっても維持管理にお金が掛かるので、持ち家・借家に関係なく、ある程度の負担は高齢者になっても必要です。その負担をどう減らすかというシステムを構築できたら良いと思います。


 住むにしろ、住まないにしろ、家を持つならお手入れと近所づきあいは欠かせないということだろう。

(文・青木理子)

2024/10/01
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第15号 片付けが命を守る
自分の「枠」を意識し、取捨選択を

 わが家は常に雑然としている。お菓子の箱は、誰も弾かなくなった電子ピアノの上に無造作に積み重なり、増えたものを収納するために買った棚は統一感なく並んでいる。
 ところが先日、気象庁から初めて発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」をニュースで知った次女(中3)が突然、棚を整理し始めた。天井近くにあった本やトロフィーをすべて下のスペースにまとめて入れ、納戸にしまい込んでいた防災グッズも念入りにチェックしているではないか。「大地震が来たらこの家はヤバい」「備蓄用のパックごはん、賞味期限切れにも程がある」。次女からの指摘は、いずれもその通りなのでうろたえてしまった。
 今回は、片付けと防災の重要性についてSNSなどで広く発信している、整理収納アドバイザー・防災士のやまねくみこさんにお話をうかがった。


―やまねさんは防災士という立場で、家の中の片付けを強くすすめておられます。理由を教えてください。

やまねさん 片付けのメリットはたくさんありますが、1番は「命を守れること」。片付けこそが防災につながります。「災害の備え」という言葉で物品の備蓄を思い浮かべる人が多いと思いますが、備蓄品は、災害で死ななかった場合に使えるもの。まずは命を落とさないことと、ケガをしないよう最大限準備することが大切です。
 廊下や階段にものがいっぱいあって、地震でそれらがぐちゃぐちゃになったらスムーズに逃げられない。倒れてきた家具に挟まれたら避難できない。自分だけでなく、小さい子どもや高齢者を連れて逃げなければいけない人も多いと思います。一刻を争う津波からの避難であればなおさら、自宅での安全な逃げ道の確保は必須です。

―たしかにそうですね。

やまねさん 家の中の被害が少なければ、自宅で被災生活を進めていく選択肢もできます。精神的なダメージを受けている災害後、自宅で普段の生活に近い形で過ごせるのは非常に大きな利点です。日常の片付けによって、災害時も自宅を安心安全スペースのまま維持できる可能性が高まります。

―どこから手をつければ良いでしょうか。

やまねさん 寝室とキッチンです。まず、寝室は高い家具を置かないことが基本ですが、置く必要がある場合は配置を見直してみてください。配置によって危険度が下がったり上がったりします。たとえば本棚などの家具をベッド上に倒れる角度で置いていると、揺れた時に直撃の可能性が高まり、ベッドと横並びにしておくと、その可能性は低くなります。家具を固定していても100%の安全はありません。どう揺れてどちら向きに倒れるか、自然のことなので分かりませんが、より安全な方法を検討してほしいと思います。棚の中の本や割れものだけ落ちてくる場合もある。防災という視点で棚の中を見直したら意外と不要なものが多いかもしれません。さらに言うと、実はその棚自体要らなかった、というケースもあるかもしれない。それでその棚を手放したら、1つ安全が増える、命が助かる可能性が高まります。

―なるほど。キッチンも見直しポイントが多そうですね。

やまねさん キッチンは、危険なものが最も多い場所です。食器類や包丁、はさみなどに加えて電子レンジや冷蔵庫など大きめの家電もある。揺れたらそれらが全部飛んできますが、キッチンは幅が狭い場合が多く、逃げ場がありません。1日3回ごはんを作っていると考えると、滞在時間は結構長い場所です。
 また、皿や調理器具など、使う機会が多いもののほかにも、客用の食器セットや土鍋など使用頻度が少ないものもある。そういったものは、天井に近い吊り戸棚の奥にしまい込んでいる場合があります。普段使わないから手が届きにくいところでいいという発想はよく分かりますが、落ちてきた場合を考えるとこれはとても危険。重たいものは足下近くやキッチン外の収納を定位置にしましょう。もちろん処分の対象にしてもOK。お祝い事でもらった引き出物も、趣味でないなら思い切って手放しても良いと思います。

―避難リュックの準備も悩ましいです。「これでなんとかなるのだろうか」と不安がつきまといます。

やまねさん 非常用持ち出し袋ですね。能登半島地震や南海トラフ地震臨時情報発表を受けて準備した人は多いと思いますが、大事なのは中身の入れ替えです。年に最低でも1回、できれば2回、理想は4回、季節ごとに更新しましょう。夏は水で冷える冷感タオルや熱中症予防の塩分タブレット、冬はカイロやネックウォーマーを入れたいものです。市販の非常用持ち出し袋は購入後、すぐ開けて自分仕様にアレンジすることをおすすめします。市販品の中には自分が使わないものも入っています。たとえばロープ。使い方を知っていれば非常に役立ちます。ただ、使い方が分からず、今後使い方を習得しようという気にならないなら、袋から出して空いたスペースを活用した方がいいです。

―代わりに日持ちするお菓子などを入れても良いかもしれないですね。

やまねさん そうですね。保存用の食品については、家族の意見を反映して決めたら良いと思います。昔は非常食といえば乾パンのイメージでしたが、今はおいしいものがたくさんあります。たとえばごはん系でしたら、山菜ごはんとかおこわとかピラフとかいろいろ買ってみて、子どもたちもいっしょに一口ずつ分け合っての「試食会」をしてみてはどうでしょう。学校に通う年齢のお子さんがいるご家庭なら、学校で避難訓練があった日は家で保存食の試食をする、とイベント的に決めていてもいいと思います。缶入りのパンや外食チェーンの牛丼の素など、日頃とは違うメニューに子どもたちのテンションも上がります。非常食は高めなので買うのをためらう場合があると思いますが、普通に外食して家族4人で数千円以上かかることを考えると、たまにイベント気分で試食会をやる方が安く抑えられます。お母さんが食事作り、後片付けから解放されて、家族とゆっくり過ごせるメリットも。その夜は、電気を消してランタンだけで過ごしてみて、暗闇での生活の予行演習をやってもいいと思います。1度経験しておけば、災害時、冷静に行動できる助けになるかもしれません。

―話は戻りますが、頭で必要だと分かっていても片付けはつい後回しにしてしまいがちです。意識を変えるコツはありますか。子どもに片付けを促す声かけの仕方も教えてください。

やまねさん 誰にとってもスペースには限りがあります。快適に過ごすには、限られた「枠」の中に適切な量を選んで入れる。それしかありません。そのためには自分が持つ枠の容量を意識することが大切です。
 お子さんにも小さいうちから「おもちゃの帰る場所(=枠)」の概念を教えてあげてください。遊んだ後は、親が横から片付けるのではなくて「それはどこから来たかな」などと会話しながら、元に戻す一部始終を見ていてあげましょう。子どもの気が乗らない時は「5分でどれくらいきれいにできるかな」とゲーム感覚で誘ってみても良いでしょう。
 片付けない子どもについ言いがちな「片付けないなら捨てるよ」。これは、使わないでほしい言葉です。この言葉は「脅し」となってしまい、大事なものまで捨てられる!とおびえてしまうなど、子どもの心に悪影響を及ぼしかねません。また、ネガティブなワードを使うことで、片付けに対してマイナスのイメージを与えてしまいます。「この棚はあなたの枠だから、収納に使っても、宝物をディスプレイしても好きにしていいよ」と示した上で、「もしはみ出しそうなら、自分にとって何が大切かよく考えて捨てるものを決めようか」と、自主性を尊重する言い方をしてみましょう。
 取捨選択のすすめは、幼い子に提案すると面白いです。幼児は純粋なので、本当に自分にとってその時に魅力的なものしか選びません。先週買ったばかりの新しい絵本も、サンタさんにもらった高価な玩具も、ためらいなく「不要」と決められます。そこで「ええっ、買ったばかりなのに」「高いのに」と言って捨てずに取っておくのは、親がそうしたいだけ。せっかく子どもは手放す決意をしたのに、親が足を引っ張っているケースがままあります。その場合、親が残したいと考えた高価なおもちゃは、子どもの枠でなく親の枠に移動させないといけないです。捨てたくないからと子どもの棚に置いたままにしておくのはいけません。大人も子どもも限られた枠の中でやりくりしないといけないのは同じです。

―耳が痛いです。子どもが要らないと言ったドールハウスセットを子ども部屋の押し入れに隠していました。思い出があって、つい…。

やまねさん 思い出があるものは、写真に撮って手放す方法もあります。子どもが幼稚園や学校で作った工作などは、その時の子どもの姿とともにカメラに収めたら、何歳の時の作品ということがすぐに分かり、記憶もよみがえりやすい。現物は手放す前にしばらく飾っておいて、楽しむ期間を作ったら良いと思います。


 家の中の安全を高めるという視点を持ちつつ、自分が持つ枠のサイズを意識して片付ける。人(家族)の枠を尊重し、そこに自分の欲を進出させない。生き方を点検するのにつながるような、片付けの本質を教わった気がした。

(文・青木理子)

2024/07/01
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第14号 もっと気軽にスパイスを
インドを旅した「伝道師」おすすめの活用法

 実家の台所の片隅にスパイスラックがある。ずっと前から、おそらく昭和からある。スパイスの小瓶10数種類と専用の小さな木製棚のセットで、たしかお中元かお歳暮の到来品だ。ラックは当時のまま、スパイスもいくつか手つかずのまま炊飯器の横でホコリをかぶっている。
 子どもの頃、ラックをのぞき込むたびに「大人になったらこのかわいい小瓶をしょっちゅう使ってお料理しよう!」と、ワクワクしていた。だが残念なことに、年月は私をスパイス売り場を通り過ぎて、合わせ調味料コーナーに直行する大人に変えた。
 そんな私が最近、「スパイスの伝道師」を紹介してもらう機会に恵まれた。  大阪市内でスパイスカレー店「HOKUToo(ホクトゥー)」を営む北東桃子さんである。
 北東さんは元パティシエ。インド風カフェでケーキ作りを担当していたころ、調理場でカレーの調理工程を見て、スパイスの奥深さに魅了されたという。自らもカレーを研究するようになり、熱が高じて単身インドへ。ひと月ほど本場で“修行”した経験を持つ。
 「日常の小さな幸せをスパイスを通して提供したい」という北東さんに、インドの旅やスパイスにまつわる話を聞かせてもらった。


 私のスパイスとの出合いは、先輩が色とりどりの粉(スパイス)を使ってカレーを作っている様子を間近で見ていたことです。スパイスだけでこれほどまでに香り豊かな表現ができるのかと感動しました。自然とメモを取り、家でカレーを作るようになりました。スパイスを使った調理はとても面白く、どんどんはまっていきました。
 ある時、1日限定のカフェイベントを開催する機会があり、そこで手作りのスパイスカレーを出してみました。そうしたら、初対面のお客さんから「今、大金があったら何をしたいですか?」と話し掛けられて。とっさに「スパイスの本場、インドに行ってみたいです」と答えたところ、その人がクラウドファンディングに関係する仕事の人で「じゃあ、クラファンを募ってみようか」と話が進み、資金が集まったのです。知り合いにインド在住の日本人女性を紹介してもらい、その方のお宅を拠点に滞在できることになりました。

 首都デリーにあるお宅に寝泊まりさせてもらいながら、ムンバイやパキスタン側の地域、小さな村にも足を運びました。 インドの電車はランクがあって、最上位だと日本の電車のように座れてクーラーが効いていて、快適。最下位だとすし詰めで、電車の上にも人が乗っている―よくインドに関係するニュースで流れる映像のような状態です。それだとあんまりなので、下から2番目の電車に乗っていました。下から2番目でもかなりの衝撃体験でしたが。
 インドではいろいろなカレーをたくさん食べました。現地では「食事=カレー」なので、カレーを食べていても「カレーを食べています」という言い方はせず、「ごはんを食べています」になります。店や地域、家庭によって入れる具も異なり、バラエティーに富んだアレンジとなっていて、まったく一緒のカレーはなかったことが印象的でした。
 そして、同じくらい印象深かったのはチャイ(スパイスを入れて甘く煮出したミルクティー)です。現地のチャイ屋さんは予想以上に多く、屋台の店もあって、日本のコンビニ…いえ、電柱以上に数があるのではと思うくらいでした。とはいえインドの人は1日数回チャイを楽しむので、店の多さも納得なのです。朝食、休憩がてら、誰かと話す時、都度チャイを飲む。チャイはコミュニケーションツールになっていて、チャイを味わう時間そのものが大事にされています。そして、その味にも驚きました。日本で飲んでいたものと全然違い、濃厚で深いコクがあり、あのおいしさは忘れられません。

 帰国してから、本場のスパイスやチャイの味を多くの人に知ってほしいと考え、この春にお店を開きました。日本でもカレーが好きな人は多いですが、辛いのが苦手な人も少なくありません。そこで、お店で出すカレーは添加物に頼らず、カレーの具材に合わせてスパイス自体を調味料として調合したり、辛いチリペッパーの比率を下げてほかのスパイスを多く使い、極端に辛くならないよう仕上げています。たくさんあるスパイスのうち、辛いのはチリペッパーやブラックペッパーなど限られています。スパイス自体に味はなく、油と合わせることでカレーの風味が変わります。辛さを抑えてうまみを出すには、少々手間が掛かりますが玉ねぎなどの野菜をじっくり炒めてスパイスと合わせ、トロトロのうまみを出す方法があります。日本人になじみがある「欧風カレー」に近い味です。「それほど辛くないのにスパイスを感じるカレー」を目標としています。

 最近では、スーパーに置いてあるスパイスの種類が驚くほど増えました。 いろいろ買いそろえてチャレンジするのも良いですが、張り切りすぎて1回使って終わり、という話もしばしば耳にします。おうちで取り組むなら、もっと気軽に、野菜炒めの中にちょっとクミンを入れてみる、くらいがまずは良いかもしれません。クミンはとくになすび炒めに合います。
 手軽ということで言うと、家庭で作るカレーを簡単に「スパイスカレー」に変身させる方法があります。手順は以下です。

  • ①市販のカレールー(だいたい標準的な量のもの1箱分)を利用し、野菜や肉など好みの具を入れて鍋でカレーを作る。レトルトカレーをパウチから出して鍋に入れて温めてもOK。
  • ②鍋とは別に小さめのフライパンに50ccくらい油を入れて温める。油が温まってきたらガラムマサラ15グラムを入れる。
  • ③ガラムマサラが焦げないよう気を付けながら熱し続け、香りが立ってきたら、①にかけてなじませる。

 これでスパイスが香り立つおいしいカレーができあがります。スパイス自体が油に溶ける性質があるので、油にスパイスを入れてなじませると、カレールーにスパイスの香りが出てくるのです。

 そのほか食べもの以外でも、グローブはゴキブリよけになりますし、スパイスの一種であるハーブのミントも虫よけ効果があります。私の父は外で作業する際、蚊が近寄らないようにと帽子のつばにミントの葉をぶら下げています。ナチュラルな虫よけ、おすすめです。


 お話を聞いた後、北東さんが作ったチキンカレーを味見させてもらった。どの香りが何のスパイスか分からないため専門的な表現はできないが、複数の香辛料が絶妙にミックスされた、奥行きのある味。ゆっくり味わおうと思いながらも、スプーンが止まらない。そして食後、風邪による喉の痛みがかなり軽減されていた。スパイスのパワー、恐るべし。

(文・青木理子)

2024/04/01
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第13号 正常性バイアスを解き放つものは

 幼児期の強烈な思い出の1つに「幼稚園での避難訓練」がある。「本当の火事が起きたと思って、ベルが鳴ったら何も持たずに庭に逃げてね」と事前に言われていたが、同じ組の女の子は、いったん外に出た後、部屋に引き返して自分のハーモニカを取ってきた。すると、ふだんは優しい年配の先生が「なんで取りに帰ったの。本当の火事だったら、〇ちゃん焼け死んでたよ!」と女の子を怒鳴りつけた。その剣幕に女の子は真っ青になって地面にへたり込んだ。当時4歳だった私は、先生の激しい怒声と「焼け死ぬ」というワードが恐ろしく、「訓練なのにどうしてそこまで厳しく言うのかな」と女の子に同情的な気持ちも持った。だがその一件で、「一刻を争う時は、モノに執着していたら命取りになる」ということを叩き込まれた。その場にいた数十人の園児全員が同様だったと思う。大人になって思い返すと、命を大切にしてほしいという、先生の深い愛情だったと実感する。

 今年の元日に発生した能登半島地震で、NHKアナウンサーが強い口調で避難を呼び掛ける映像を見て、幼稚園の先生を思い出した。いつもは穏やかな女性アナウンサーが「今すぐ逃げること!」と気迫に満ちた声で伝え、SNSでは地震情報とともに「NHKアナウンサー」がトレンド入りした。後日、それら断定調の呼び掛けが、2011年の東日本大震災後、NHKの全国のアナウンサーの意見を基に作られたものであることを知った。
 同局のアナウンサーへのインタビュー記事によると、東日本大震災でも、「安全な高台に逃げてください」「海に近づかないでください」とくり返し呼び掛けたが、強いトーンではなく冷静な口調だったといい、アナウンサーの1人は「避難を呼び掛けてもなかなか届かなかった」と振り返っていた。NHKでは災害報道の訓練を重ねているそうで、元日に流れた「テレビを見ないで逃げてください」という言葉も訓練から生まれた言い回しだったという。

 奈良大学(奈良市)の村上史朗教授(社会心理学)は、能登半島地震時のNHKアナウンサーの口調について「非日常的なことが起きているということがよく伝わってきた」と高く評価する。村上教授によると、災害が発生するとパニックが起きると思われがちだが、実際はそうでもなく、むしろ「これまで起きなかった災害はこれからも起きないだろう」と感じてしまう「正常性バイアス」がはたらき、避難しないケースが多いことの方が問題という。東日本大震災の前年に起きたチリ地震の際、避難指示や勧告が出た地域の住民の避難率はわずか3.8パーセントだったそうだ。
 村上教授は、「日常、私たちは周囲のあらゆる情報の大部分を予測の範囲内で捉え、処理している。この予測ができるから、私たちは日々混乱せずに生活できている。正常性バイアスは人間の適応的な機能の副作用といえる」とひもとく。

 誰の心の中にもある正常性バイアス。いざという時に解き放つコツはあるのだろうか。村上教授は「非日常の場面で『でもまだだいじょうぶ』との思考になったら、『そういえば、正常性バイアスという感じ方があったな』と思い浮かべてほしい」と話す。「よく言われることですが、逃げて何もなければ笑い話で済むだけ。逃げない選択によってけがをしたり、命を落とす想像を積極的にはたらかせてほしい」(同教授)。
 また、逃げ遅れが発生するのは、1人の時よりも集団の中にいる場合の方が多いとの研究結果もあるという。村上教授は「大勢でいる時の方が正常性バイアスから抜け出すのは難しい。お互いに出方をうかがううちに、時間が経つ傾向もある」と指摘。「集団の中にいても正常性バイアスについて思い出してほしい。そして、避難を指示すべき立場の人、たとえば商業施設の放送担当の人などは、ふだんの口調ではなく、NHKのように感情に訴える呼び掛けをしても良いのでは」と提案する。

 人の感情にダイレクトに響き、強く判断を促すのは、何よりも、思いがこもった人の声ではないだろうか。AIアナウンサーが入れない領域は確実にある。

(文・青木理子)

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