生協知っトク情報(未分類)

2025/01/06
未分類

第16号 空き家の持ち主になったら

 不用品の整理をする目的で、ここ2年ほど頻繁に実家に帰っている。先日、片付けの合間に近所を歩いていたら、目と鼻の先にある一軒家が伸びきった草木で覆われているのに気付いた。子どもの頃、「立派なお屋敷だなあ」とあこがれていた家だ。奥さんはお花の先生をしていて、今もその看板は残っている。だが母によると、奥さんが亡くなり、空き家になったらしい。母は奥さんと交流があったので、屋敷の周辺の草むしりをしているといい、「でも敷地内には入れないから、庭はジャングルみたいになって…」とため息をついていた。
 今はどこを歩いていても、そんな家を見る。なかには「ここのお隣さん、たいへんだなあ」と心配になるほど荒れた様子の建物もある。だが決して他人事ではなく、「空き家をどうするか」は、ほぼすべての人にとって無関係ではいられない問題だ。今回は、空き家問題にくわしい京都女子大学家政学部生活造形学科の井上えり子教授(住宅計画)にお話をうかがった。


 総務省が2024年4月に発表した住宅・土地統計調査によると、国内の住宅総数に占める空き家の割合は過去最高の13.8%。前回調査の2018年から0.2%上昇した。空き家の数も900万戸と過去最高に。空き家が増え続ける背景には、人口減少、少子高齢化があるが、井上教授は「人口が密集する都市の空き家は、異なる問題をはらんでいる」と指摘する。

―井上先生は、京都市空き家対策検討委員会の座長をはじめ、大阪府高槻市や枚方市などの空き家対策協議会委員もお務めです。都市部が抱える空き家問題の現状について教えてください。

井上教授 都市の空き家の特徴は、そこに住みたいと思い、家を買いたい・借りたい人はいるが、建物の所有者が手放さないので空き家のままというケースが多いです。私が空き家対策活動に取り組んでいる京都市東山区六原学区も、住みたい人はたくさんいますが、入居できる物件は少ないです。

―なぜ放置される空き家が多いのでしょうか。

井上教授 ひと言で言うと「所有者が無自覚だから」です。そもそも一般庶民が家を所有し始めたのは、国が「持ち家政策」を始めた戦後のこと。戦前だと家を持っている人は大都市で2割くらい、8割は長屋など賃貸住宅に住んでいました。長屋の住人は住宅の維持管理について考える必要はなかった。また多くの人にとって、教育課程の中で、家の維持管理について教わり、学ぶ機会はありませんでした。そんな中で家を所有し、責任を感じないままに放置しているのだと思います。分譲マンションの場合だと区分所有法があり、維持管理のために積立金が必要となりますが、戸建ては法律がなく、所有者に任されています。

―日本の住宅史も影響しているのですね。先生はどのように空き家対策活動を始められたのでしょうか。

井上教授 活動を始めたのは18年くらい前です。所有者にアンケートを行った上で、空き家を活用してもらえませんかと呼び掛けました。でも、売るにしろ賃貸に出すにしろ、先祖代々住んでいたとか、自分が育ったとか、それぞれ家への思い入れがあり、難しかった。また、人に貸すということは賃貸事業の事業者になるということなので、高齢の方が多い所有者にとって、そこも1つのハードルになっています。「それではせめて適切に維持管理しませんか」との提案を込めてスタートしたのが、2015年から学生とともに行っている「空き家見守りボランティア」です。

―メンバーは、井上先生のゼミの学生さんたちでしょうか。

井上教授 はい。鍵を預かり、学生が空き家の換気、庭木の簡単な剪定、建物にゆがみや雨漏りがないかのチェックなどを月1回行っています。何かあったら都度所有者に連絡するほか、気付いた点を写真付きの報告書にまとめて郵送しています。

―換気からゆがみチェックまで。こまやかな対応に所有者の方は喜ばれているのではないでしょうか。

井上教授 換気は大切です。湿気が一番住宅の寿命を縮めます。それともう1つ重要なポイントは、私たちが所有者とつながっている、連絡を取り合える関係になっているということです。学生が見守りに行った時、隣家の人から「庭木がはみ出ている」と指摘されることがある。間に学生が入ると、直接は言いづらいこともスムーズに所有者に伝えることができると感じてもらえているようです。私たちの介在は、トラブル回避のクッションにもなっています。

―たしかに近隣の方とのやりとりは非常に気を遣いますね。

井上教授 ご近所との関係性は空き家問題に大きく関わってきます。空き家があると建物倒壊や不法投棄の恐れ、周囲の景観・治安の悪化、害虫が発生する可能性などご近所への悪影響が出てきますし、地価にも影響します。空き家一戸の問題ではなく、地域全体の問題なので、所有者とご近所はつながった関係であるのが望ましい。心理的な意味でも、月に1度、お仏壇を参りに所有者が空き家に戻ってくるだけでも、ご近所に安心感が生まれます。

―ご近所に対して、空き家を放置していないというメッセージを送ることが大切なのですね。

井上教授 そうですね。自分だけの家という考えでなく、地域の中の1つの家であるという感覚を持つこと、その姿勢をご近所に伝えることはとても重要です。そして、私たちが見守り活動を続けるうち、所有者ご自身の意識が高まってきて「屋根の修繕が必要だから活用しようかな」と言ってきてくださったこともありました。

―すばらしいですね。

井上教授 空き家になった瞬間から、その状態がずっと続くとイメージされがちなのですが、空き家になると家は一気に傷んでいきます。その傷んでいく状況をちゃんと伝えていかなければと思っています。空き家は維持管理しなければならず、そしてできれば活用した方がいいということを多くの人に知ってもらいたいです。

―今後も空き家は増え続けていくと予測されています。少しでも空き家を少なくするために、これから私たちにできることはあるでしょうか。

井上教授 そもそも家は所有する方が良いのか、考えてみてはどうでしょう。国が住宅ローン減税などの政策を行い、私たちは持ち家の方がなんとなく得のように思い込んでしまっていますが、維持管理をするのはたいへんです。賃貸の方が気楽で便利かもしれません。ただ、今、市場に出ている賃貸物件は、最終的に持ち家を目指すまでのワンステップ的な住まいになっていて、ずっと住み続けたいと思うような賃貸住宅はなかなかありません。魅力的な賃貸が増えたら、そこに住む人も増え、難しい維持管理はプロに任せるという理想的な状況になるのではないでしょうか。最近、若い人の間では、車も墓も持たなくて良いという風潮がある。住宅事情も変わるチャンスだと思います。ただ、賃貸だと高齢になった時に家賃を払えるのかという不安がつきまといます。たとえば高齢者になったら家賃を減額するなど、新しい契約形式を含めて賃貸事業者に考えてもらえたら。持ち家であっても維持管理にお金が掛かるので、持ち家・借家に関係なく、ある程度の負担は高齢者になっても必要です。その負担をどう減らすかというシステムを構築できたら良いと思います。


 住むにしろ、住まないにしろ、家を持つならお手入れと近所づきあいは欠かせないということだろう。

(文・青木理子)

2024/10/01
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第15号 片付けが命を守る
自分の「枠」を意識し、取捨選択を

 わが家は常に雑然としている。お菓子の箱は、誰も弾かなくなった電子ピアノの上に無造作に積み重なり、増えたものを収納するために買った棚は統一感なく並んでいる。
 ところが先日、気象庁から初めて発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」をニュースで知った次女(中3)が突然、棚を整理し始めた。天井近くにあった本やトロフィーをすべて下のスペースにまとめて入れ、納戸にしまい込んでいた防災グッズも念入りにチェックしているではないか。「大地震が来たらこの家はヤバい」「備蓄用のパックごはん、賞味期限切れにも程がある」。次女からの指摘は、いずれもその通りなのでうろたえてしまった。
 今回は、片付けと防災の重要性についてSNSなどで広く発信している、整理収納アドバイザー・防災士のやまねくみこさんにお話をうかがった。


―やまねさんは防災士という立場で、家の中の片付けを強くすすめておられます。理由を教えてください。

やまねさん 片付けのメリットはたくさんありますが、1番は「命を守れること」。片付けこそが防災につながります。「災害の備え」という言葉で物品の備蓄を思い浮かべる人が多いと思いますが、備蓄品は、災害で死ななかった場合に使えるもの。まずは命を落とさないことと、ケガをしないよう最大限準備することが大切です。
 廊下や階段にものがいっぱいあって、地震でそれらがぐちゃぐちゃになったらスムーズに逃げられない。倒れてきた家具に挟まれたら避難できない。自分だけでなく、小さい子どもや高齢者を連れて逃げなければいけない人も多いと思います。一刻を争う津波からの避難であればなおさら、自宅での安全な逃げ道の確保は必須です。

―たしかにそうですね。

やまねさん 家の中の被害が少なければ、自宅で被災生活を進めていく選択肢もできます。精神的なダメージを受けている災害後、自宅で普段の生活に近い形で過ごせるのは非常に大きな利点です。日常の片付けによって、災害時も自宅を安心安全スペースのまま維持できる可能性が高まります。

―どこから手をつければ良いでしょうか。

やまねさん 寝室とキッチンです。まず、寝室は高い家具を置かないことが基本ですが、置く必要がある場合は配置を見直してみてください。配置によって危険度が下がったり上がったりします。たとえば本棚などの家具をベッド上に倒れる角度で置いていると、揺れた時に直撃の可能性が高まり、ベッドと横並びにしておくと、その可能性は低くなります。家具を固定していても100%の安全はありません。どう揺れてどちら向きに倒れるか、自然のことなので分かりませんが、より安全な方法を検討してほしいと思います。棚の中の本や割れものだけ落ちてくる場合もある。防災という視点で棚の中を見直したら意外と不要なものが多いかもしれません。さらに言うと、実はその棚自体要らなかった、というケースもあるかもしれない。それでその棚を手放したら、1つ安全が増える、命が助かる可能性が高まります。

―なるほど。キッチンも見直しポイントが多そうですね。

やまねさん キッチンは、危険なものが最も多い場所です。食器類や包丁、はさみなどに加えて電子レンジや冷蔵庫など大きめの家電もある。揺れたらそれらが全部飛んできますが、キッチンは幅が狭い場合が多く、逃げ場がありません。1日3回ごはんを作っていると考えると、滞在時間は結構長い場所です。
 また、皿や調理器具など、使う機会が多いもののほかにも、客用の食器セットや土鍋など使用頻度が少ないものもある。そういったものは、天井に近い吊り戸棚の奥にしまい込んでいる場合があります。普段使わないから手が届きにくいところでいいという発想はよく分かりますが、落ちてきた場合を考えるとこれはとても危険。重たいものは足下近くやキッチン外の収納を定位置にしましょう。もちろん処分の対象にしてもOK。お祝い事でもらった引き出物も、趣味でないなら思い切って手放しても良いと思います。

―避難リュックの準備も悩ましいです。「これでなんとかなるのだろうか」と不安がつきまといます。

やまねさん 非常用持ち出し袋ですね。能登半島地震や南海トラフ地震臨時情報発表を受けて準備した人は多いと思いますが、大事なのは中身の入れ替えです。年に最低でも1回、できれば2回、理想は4回、季節ごとに更新しましょう。夏は水で冷える冷感タオルや熱中症予防の塩分タブレット、冬はカイロやネックウォーマーを入れたいものです。市販の非常用持ち出し袋は購入後、すぐ開けて自分仕様にアレンジすることをおすすめします。市販品の中には自分が使わないものも入っています。たとえばロープ。使い方を知っていれば非常に役立ちます。ただ、使い方が分からず、今後使い方を習得しようという気にならないなら、袋から出して空いたスペースを活用した方がいいです。

―代わりに日持ちするお菓子などを入れても良いかもしれないですね。

やまねさん そうですね。保存用の食品については、家族の意見を反映して決めたら良いと思います。昔は非常食といえば乾パンのイメージでしたが、今はおいしいものがたくさんあります。たとえばごはん系でしたら、山菜ごはんとかおこわとかピラフとかいろいろ買ってみて、子どもたちもいっしょに一口ずつ分け合っての「試食会」をしてみてはどうでしょう。学校に通う年齢のお子さんがいるご家庭なら、学校で避難訓練があった日は家で保存食の試食をする、とイベント的に決めていてもいいと思います。缶入りのパンや外食チェーンの牛丼の素など、日頃とは違うメニューに子どもたちのテンションも上がります。非常食は高めなので買うのをためらう場合があると思いますが、普通に外食して家族4人で数千円以上かかることを考えると、たまにイベント気分で試食会をやる方が安く抑えられます。お母さんが食事作り、後片付けから解放されて、家族とゆっくり過ごせるメリットも。その夜は、電気を消してランタンだけで過ごしてみて、暗闇での生活の予行演習をやってもいいと思います。1度経験しておけば、災害時、冷静に行動できる助けになるかもしれません。

―話は戻りますが、頭で必要だと分かっていても片付けはつい後回しにしてしまいがちです。意識を変えるコツはありますか。子どもに片付けを促す声かけの仕方も教えてください。

やまねさん 誰にとってもスペースには限りがあります。快適に過ごすには、限られた「枠」の中に適切な量を選んで入れる。それしかありません。そのためには自分が持つ枠の容量を意識することが大切です。
 お子さんにも小さいうちから「おもちゃの帰る場所(=枠)」の概念を教えてあげてください。遊んだ後は、親が横から片付けるのではなくて「それはどこから来たかな」などと会話しながら、元に戻す一部始終を見ていてあげましょう。子どもの気が乗らない時は「5分でどれくらいきれいにできるかな」とゲーム感覚で誘ってみても良いでしょう。
 片付けない子どもについ言いがちな「片付けないなら捨てるよ」。これは、使わないでほしい言葉です。この言葉は「脅し」となってしまい、大事なものまで捨てられる!とおびえてしまうなど、子どもの心に悪影響を及ぼしかねません。また、ネガティブなワードを使うことで、片付けに対してマイナスのイメージを与えてしまいます。「この棚はあなたの枠だから、収納に使っても、宝物をディスプレイしても好きにしていいよ」と示した上で、「もしはみ出しそうなら、自分にとって何が大切かよく考えて捨てるものを決めようか」と、自主性を尊重する言い方をしてみましょう。
 取捨選択のすすめは、幼い子に提案すると面白いです。幼児は純粋なので、本当に自分にとってその時に魅力的なものしか選びません。先週買ったばかりの新しい絵本も、サンタさんにもらった高価な玩具も、ためらいなく「不要」と決められます。そこで「ええっ、買ったばかりなのに」「高いのに」と言って捨てずに取っておくのは、親がそうしたいだけ。せっかく子どもは手放す決意をしたのに、親が足を引っ張っているケースがままあります。その場合、親が残したいと考えた高価なおもちゃは、子どもの枠でなく親の枠に移動させないといけないです。捨てたくないからと子どもの棚に置いたままにしておくのはいけません。大人も子どもも限られた枠の中でやりくりしないといけないのは同じです。

―耳が痛いです。子どもが要らないと言ったドールハウスセットを子ども部屋の押し入れに隠していました。思い出があって、つい…。

やまねさん 思い出があるものは、写真に撮って手放す方法もあります。子どもが幼稚園や学校で作った工作などは、その時の子どもの姿とともにカメラに収めたら、何歳の時の作品ということがすぐに分かり、記憶もよみがえりやすい。現物は手放す前にしばらく飾っておいて、楽しむ期間を作ったら良いと思います。


 家の中の安全を高めるという視点を持ちつつ、自分が持つ枠のサイズを意識して片付ける。人(家族)の枠を尊重し、そこに自分の欲を進出させない。生き方を点検するのにつながるような、片付けの本質を教わった気がした。

(文・青木理子)

2024/07/01
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第14号 もっと気軽にスパイスを
インドを旅した「伝道師」おすすめの活用法

 実家の台所の片隅にスパイスラックがある。ずっと前から、おそらく昭和からある。スパイスの小瓶10数種類と専用の小さな木製棚のセットで、たしかお中元かお歳暮の到来品だ。ラックは当時のまま、スパイスもいくつか手つかずのまま炊飯器の横でホコリをかぶっている。
 子どもの頃、ラックをのぞき込むたびに「大人になったらこのかわいい小瓶をしょっちゅう使ってお料理しよう!」と、ワクワクしていた。だが残念なことに、年月は私をスパイス売り場を通り過ぎて、合わせ調味料コーナーに直行する大人に変えた。
 そんな私が最近、「スパイスの伝道師」を紹介してもらう機会に恵まれた。  大阪市内でスパイスカレー店「HOKUToo(ホクトゥー)」を営む北東桃子さんである。
 北東さんは元パティシエ。インド風カフェでケーキ作りを担当していたころ、調理場でカレーの調理工程を見て、スパイスの奥深さに魅了されたという。自らもカレーを研究するようになり、熱が高じて単身インドへ。ひと月ほど本場で“修行”した経験を持つ。
 「日常の小さな幸せをスパイスを通して提供したい」という北東さんに、インドの旅やスパイスにまつわる話を聞かせてもらった。


 私のスパイスとの出合いは、先輩が色とりどりの粉(スパイス)を使ってカレーを作っている様子を間近で見ていたことです。スパイスだけでこれほどまでに香り豊かな表現ができるのかと感動しました。自然とメモを取り、家でカレーを作るようになりました。スパイスを使った調理はとても面白く、どんどんはまっていきました。
 ある時、1日限定のカフェイベントを開催する機会があり、そこで手作りのスパイスカレーを出してみました。そうしたら、初対面のお客さんから「今、大金があったら何をしたいですか?」と話し掛けられて。とっさに「スパイスの本場、インドに行ってみたいです」と答えたところ、その人がクラウドファンディングに関係する仕事の人で「じゃあ、クラファンを募ってみようか」と話が進み、資金が集まったのです。知り合いにインド在住の日本人女性を紹介してもらい、その方のお宅を拠点に滞在できることになりました。

 首都デリーにあるお宅に寝泊まりさせてもらいながら、ムンバイやパキスタン側の地域、小さな村にも足を運びました。 インドの電車はランクがあって、最上位だと日本の電車のように座れてクーラーが効いていて、快適。最下位だとすし詰めで、電車の上にも人が乗っている―よくインドに関係するニュースで流れる映像のような状態です。それだとあんまりなので、下から2番目の電車に乗っていました。下から2番目でもかなりの衝撃体験でしたが。
 インドではいろいろなカレーをたくさん食べました。現地では「食事=カレー」なので、カレーを食べていても「カレーを食べています」という言い方はせず、「ごはんを食べています」になります。店や地域、家庭によって入れる具も異なり、バラエティーに富んだアレンジとなっていて、まったく一緒のカレーはなかったことが印象的でした。
 そして、同じくらい印象深かったのはチャイ(スパイスを入れて甘く煮出したミルクティー)です。現地のチャイ屋さんは予想以上に多く、屋台の店もあって、日本のコンビニ…いえ、電柱以上に数があるのではと思うくらいでした。とはいえインドの人は1日数回チャイを楽しむので、店の多さも納得なのです。朝食、休憩がてら、誰かと話す時、都度チャイを飲む。チャイはコミュニケーションツールになっていて、チャイを味わう時間そのものが大事にされています。そして、その味にも驚きました。日本で飲んでいたものと全然違い、濃厚で深いコクがあり、あのおいしさは忘れられません。

 帰国してから、本場のスパイスやチャイの味を多くの人に知ってほしいと考え、この春にお店を開きました。日本でもカレーが好きな人は多いですが、辛いのが苦手な人も少なくありません。そこで、お店で出すカレーは添加物に頼らず、カレーの具材に合わせてスパイス自体を調味料として調合したり、辛いチリペッパーの比率を下げてほかのスパイスを多く使い、極端に辛くならないよう仕上げています。たくさんあるスパイスのうち、辛いのはチリペッパーやブラックペッパーなど限られています。スパイス自体に味はなく、油と合わせることでカレーの風味が変わります。辛さを抑えてうまみを出すには、少々手間が掛かりますが玉ねぎなどの野菜をじっくり炒めてスパイスと合わせ、トロトロのうまみを出す方法があります。日本人になじみがある「欧風カレー」に近い味です。「それほど辛くないのにスパイスを感じるカレー」を目標としています。

 最近では、スーパーに置いてあるスパイスの種類が驚くほど増えました。 いろいろ買いそろえてチャレンジするのも良いですが、張り切りすぎて1回使って終わり、という話もしばしば耳にします。おうちで取り組むなら、もっと気軽に、野菜炒めの中にちょっとクミンを入れてみる、くらいがまずは良いかもしれません。クミンはとくになすび炒めに合います。
 手軽ということで言うと、家庭で作るカレーを簡単に「スパイスカレー」に変身させる方法があります。手順は以下です。

  • ①市販のカレールー(だいたい標準的な量のもの1箱分)を利用し、野菜や肉など好みの具を入れて鍋でカレーを作る。レトルトカレーをパウチから出して鍋に入れて温めてもOK。
  • ②鍋とは別に小さめのフライパンに50ccくらい油を入れて温める。油が温まってきたらガラムマサラ15グラムを入れる。
  • ③ガラムマサラが焦げないよう気を付けながら熱し続け、香りが立ってきたら、①にかけてなじませる。

 これでスパイスが香り立つおいしいカレーができあがります。スパイス自体が油に溶ける性質があるので、油にスパイスを入れてなじませると、カレールーにスパイスの香りが出てくるのです。

 そのほか食べもの以外でも、グローブはゴキブリよけになりますし、スパイスの一種であるハーブのミントも虫よけ効果があります。私の父は外で作業する際、蚊が近寄らないようにと帽子のつばにミントの葉をぶら下げています。ナチュラルな虫よけ、おすすめです。


 お話を聞いた後、北東さんが作ったチキンカレーを味見させてもらった。どの香りが何のスパイスか分からないため専門的な表現はできないが、複数の香辛料が絶妙にミックスされた、奥行きのある味。ゆっくり味わおうと思いながらも、スプーンが止まらない。そして食後、風邪による喉の痛みがかなり軽減されていた。スパイスのパワー、恐るべし。

(文・青木理子)

2024/04/01
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第13号 正常性バイアスを解き放つものは

 幼児期の強烈な思い出の1つに「幼稚園での避難訓練」がある。「本当の火事が起きたと思って、ベルが鳴ったら何も持たずに庭に逃げてね」と事前に言われていたが、同じ組の女の子は、いったん外に出た後、部屋に引き返して自分のハーモニカを取ってきた。すると、ふだんは優しい年配の先生が「なんで取りに帰ったの。本当の火事だったら、〇ちゃん焼け死んでたよ!」と女の子を怒鳴りつけた。その剣幕に女の子は真っ青になって地面にへたり込んだ。当時4歳だった私は、先生の激しい怒声と「焼け死ぬ」というワードが恐ろしく、「訓練なのにどうしてそこまで厳しく言うのかな」と女の子に同情的な気持ちも持った。だがその一件で、「一刻を争う時は、モノに執着していたら命取りになる」ということを叩き込まれた。その場にいた数十人の園児全員が同様だったと思う。大人になって思い返すと、命を大切にしてほしいという、先生の深い愛情だったと実感する。

 今年の元日に発生した能登半島地震で、NHKアナウンサーが強い口調で避難を呼び掛ける映像を見て、幼稚園の先生を思い出した。いつもは穏やかな女性アナウンサーが「今すぐ逃げること!」と気迫に満ちた声で伝え、SNSでは地震情報とともに「NHKアナウンサー」がトレンド入りした。後日、それら断定調の呼び掛けが、2011年の東日本大震災後、NHKの全国のアナウンサーの意見を基に作られたものであることを知った。
 同局のアナウンサーへのインタビュー記事によると、東日本大震災でも、「安全な高台に逃げてください」「海に近づかないでください」とくり返し呼び掛けたが、強いトーンではなく冷静な口調だったといい、アナウンサーの1人は「避難を呼び掛けてもなかなか届かなかった」と振り返っていた。NHKでは災害報道の訓練を重ねているそうで、元日に流れた「テレビを見ないで逃げてください」という言葉も訓練から生まれた言い回しだったという。

 奈良大学(奈良市)の村上史朗教授(社会心理学)は、能登半島地震時のNHKアナウンサーの口調について「非日常的なことが起きているということがよく伝わってきた」と高く評価する。村上教授によると、災害が発生するとパニックが起きると思われがちだが、実際はそうでもなく、むしろ「これまで起きなかった災害はこれからも起きないだろう」と感じてしまう「正常性バイアス」がはたらき、避難しないケースが多いことの方が問題という。東日本大震災の前年に起きたチリ地震の際、避難指示や勧告が出た地域の住民の避難率はわずか3.8パーセントだったそうだ。
 村上教授は、「日常、私たちは周囲のあらゆる情報の大部分を予測の範囲内で捉え、処理している。この予測ができるから、私たちは日々混乱せずに生活できている。正常性バイアスは人間の適応的な機能の副作用といえる」とひもとく。

 誰の心の中にもある正常性バイアス。いざという時に解き放つコツはあるのだろうか。村上教授は「非日常の場面で『でもまだだいじょうぶ』との思考になったら、『そういえば、正常性バイアスという感じ方があったな』と思い浮かべてほしい」と話す。「よく言われることですが、逃げて何もなければ笑い話で済むだけ。逃げない選択によってけがをしたり、命を落とす想像を積極的にはたらかせてほしい」(同教授)。
 また、逃げ遅れが発生するのは、1人の時よりも集団の中にいる場合の方が多いとの研究結果もあるという。村上教授は「大勢でいる時の方が正常性バイアスから抜け出すのは難しい。お互いに出方をうかがううちに、時間が経つ傾向もある」と指摘。「集団の中にいても正常性バイアスについて思い出してほしい。そして、避難を指示すべき立場の人、たとえば商業施設の放送担当の人などは、ふだんの口調ではなく、NHKのように感情に訴える呼び掛けをしても良いのでは」と提案する。

 人の感情にダイレクトに響き、強く判断を促すのは、何よりも、思いがこもった人の声ではないだろうか。AIアナウンサーが入れない領域は確実にある。

(文・青木理子)

2024/01/05
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第12号 プロに聞いた フライパンの奥義

 2024年になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 昨年、気になった話題の一つに「食品メーカーによるフライパンの回収」があった。味の素冷凍食品の冷凍ギョーザを買った人が「皮がフライパンに張り付く」とSNSに投稿したのがきっかけ。それを見た同社が「フライパンの状態を確認して研究開発に役立てたい」と、使い込んだフライパンを着払いで送付してほしいと広く呼び掛けた件である(受付は終了)。結果、全国から3千個以上が集まったそうで、新聞記事には「フライパンの大半はフッ素樹脂加工。中には10年以上使用されたものもあり、多くは加工がはがれていた」との担当者のコメントが載っていた。

 それを読んで私はドキッとした。わが家にある4枚のフライパンのうち、1枚は10年近く使っていたからだ。炒め物をすると焦げるため、実際の出番はほとんどないものの、愛着を感じてなんとなく捨てられないでいた。
 思い切って新しいのを買おうとホームセンターのフライパン売り場に行ってみた。すると、多種多様としか言いようがない、数十種類のフライパンが所狭しと吊り下げられているではないか。見れば見るほど何を選んだら良いか分からなくなり、結局手ぶらで帰宅した。

 そこで今回は、キッチン・アウトドア用品メーカー「パール金属」(新潟県三条市)の開発担当、小柳隆章さんにフライパンの選び方についてアドバイスしていただいた。


―フライパンを選ぶ際、どのような点について気を付けたら良いでしょうか。

小柳さん 自宅のコンロがガスかIHか。そこがスタートです。IHではガス火専用のフライパンは使えません。「両方兼用」とされている商品もありますが、それらはIHに反応させるためにフライパンに異なる素材を貼り付けたものです。もしそれぞれの専用の商品が選べるようでしたら、できるだけ専用の方を選んでください。そのほうが効率良く調理できます。

―驚くほどさまざまな種類の商品があります。売れているものは。

小柳さん フライパンの素材としてはアルミ、昔ながらの鉄、ステンレスがあります。そのうち一般的に購入されているもののほとんどは、表面にフッ素加工を施したアルミ製です。加工の種類は、フッ素の強度を上げてこびりつきにくくした商品「マーブルコート」「ダイヤモンドコート」など多岐にわたります。JIS(日本産業規格)では、フッ素加工品は、金属ヘラを3000回使ってはげてこなければ基準をクリアしたことになります。弊社では、100万回こすってもだいじょうぶな「メガストーン」という商品もあります。ただ基本的にどのフッ素加工品も使い始めた当初はくっつきにくい。商品による差異は、使い続けた場合の耐久性です。

―それでは、フッ素加工されたフライパンで、ある程度耐久性のあるものを選べば良いということでしょうか。

小柳さん 安価なフライパンは薄い場合が多いですが、「軽くて持ちやすい」「洗いやすくて素晴らしい」という判断もあります。薄いフライパンのメリットの一つが軽さであることは間違いないです。一方で、ホットケーキなどを焼く場合は、ある程度厚みがあるものが適しています。厚みがあるとやんわりとした熱が全体に行き渡り、安定した熱伝導によってきれいに焼き上がります。もともとアルミのフライパンは中火以下で使うものとされています。その通りに使っていればフライパンが傷みにくく、長持ちします。ある程度厚みがあり、塗料がしっかりしたもの、2000~3000円くらいの商品を選んでいただけたら良いのではと思います。

―味の素冷凍食品が回収したフライパンの中には、長期間使い込まれたものもあったようです。表面のフッ素の寿命は大体どれくらいなのでしょうか。

小柳さん 商品の種類や使う頻度にもよりますが、一つの目安としておよそ3カ月くらいでしょうか。ほとんどの場合、寿命よりも長く使い込まれていると感じます。弊社では、一般的な強度の商品は、外側の色を明るめにして汚れや傷が目立ちやすいようにしています。内面の劣化だけでなく、外側でも劣化を感じて買い換えてもらうことが目的です。逆に強度が高いものは長持ちすると想定されるので、外側は暗めの色にしている場合が多いです。

―実は私もフッ素がほとんどないと思われる古いフライパンを使っています。調理中に料理に入り込んだフッ素を食べた場合、体に影響はあるのでしょうか。

小柳さん フッ素は体内に入っても吸収されず、そのまま出てくるので、体に害はありません。

―フライパンを長持ちさせるコツはありますか。

小柳さん 商品説明に「金属ヘラOK」と書いてあったとしても、ナイロンなどの柔らかいヘラを使った方が傷がつきにくいです。強火にしない、中火以下を守ることもポイントです。お手入れとしては、フライパンが冷めてから、中性洗剤を含ませた柔らかいスポンジで洗うのが基本。焦げたところをガリガリこすらず、水を少量入れて火にかけて沸騰させ、自然に焦げを浮かせて、その後やさしく洗うと良いです。

―そういえば、鉄のフライパンを使い慣れている母にフッ素加工のフライパンをプレゼントしたら、洗った後、鉄フライパンの手入れの要領で、強火で乾かしていたために、あっという間に表面のフッ素がはがれたようです。

小柳さん フッ素加工品と鉄は扱い方がまったく違うので、注意が必要です。商品の説明書をよく読んでお手入れしてください。

―3つだけフライパンを持つとしたら、どんなものがおすすめでしょうか。

小柳さん 家族の人数などにもよりますが、1枚は標準サイズである直径26~28センチサイズのもの。少し大きめの28センチだと材料が外側にはみ出さず、フライパンの周囲が汚れにくいというメリットがあります。
 2つ目でおすすめしたいのは高さが8センチくらいの深いフライパンです。ちなみに一般的な深さは5.5センチくらい。深いと材料を混ぜやすい上、焼くだけでなく、煮たり茹でたりもできます。とりわけパスタを茹でるのにおすすめです。上部が底面よりも大きく開いている形状なので湯の泡が細かくなり、差し水が必要なく、手軽に茹でられます。ほかにも、深めのフライパンを1枚持っていたら何でもできるので、揃えておくと良いと思います。
 3枚目は小さいフライパン。直径16~22センチくらいでしょうか。IHの場合、直径16センチ以上でないとコンロが反応しません。1人暮らしの方はもちろんですが、食事は少量と決めているご家庭にも適しています。小さいので持ちやすく、洗う手間も減らせます。

―ライフスタイルに合ったフライパンを選び、正しい使い方や手入れ方法を守って長く使うことが理想的ですね。

小柳さん 良い状態のフライパンを長く使うことでSDGsにつながります。それとともに、調理後の油の処理にも気を付けたいものです。フライパンに残った油はキッチンペーパーなどで可能な限り拭き取って、その後水洗いしてください。できるだけ下水道に油が流れないように気を付けていただけたらと思います。

―ありがとうございました。


 その後、円形のフライパンのみならず、卵焼き器も買い換えた。すると、高校生の長女に「今日の卵焼き、本当にママが作ったの?お店のでは?」という最高評価の褒め言葉をもらった。作り方は一切変えていなかったのに。
 単純な私は、現在、料理したいというテンションが数(十数?)年ぶりにアップしている。

(文・青木理子)

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