- 2024/10/01
第15号 片付けが命を守る
自分の「枠」を意識し、取捨選択を
わが家は常に雑然としている。お菓子の箱は、誰も弾かなくなった電子ピアノの上に無造作に積み重なり、増えたものを収納するために買った棚は統一感なく並んでいる。
ところが先日、気象庁から初めて発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」をニュースで知った次女(中3)が突然、棚を整理し始めた。天井近くにあった本やトロフィーをすべて下のスペースにまとめて入れ、納戸にしまい込んでいた防災グッズも念入りにチェックしているではないか。「大地震が来たらこの家はヤバい」「備蓄用のパックごはん、賞味期限切れにも程がある」。次女からの指摘は、いずれもその通りなのでうろたえてしまった。
今回は、片付けと防災の重要性についてSNSなどで広く発信している、整理収納アドバイザー・防災士のやまねくみこさんにお話をうかがった。
―やまねさんは防災士という立場で、家の中の片付けを強くすすめておられます。理由を教えてください。
やまねさん 片付けのメリットはたくさんありますが、1番は「命を守れること」。片付けこそが防災につながります。「災害の備え」という言葉で物品の備蓄を思い浮かべる人が多いと思いますが、備蓄品は、災害で死ななかった場合に使えるもの。まずは命を落とさないことと、ケガをしないよう最大限準備することが大切です。
廊下や階段にものがいっぱいあって、地震でそれらがぐちゃぐちゃになったらスムーズに逃げられない。倒れてきた家具に挟まれたら避難できない。自分だけでなく、小さい子どもや高齢者を連れて逃げなければいけない人も多いと思います。一刻を争う津波からの避難であればなおさら、自宅での安全な逃げ道の確保は必須です。
―たしかにそうですね。
やまねさん 家の中の被害が少なければ、自宅で被災生活を進めていく選択肢もできます。精神的なダメージを受けている災害後、自宅で普段の生活に近い形で過ごせるのは非常に大きな利点です。日常の片付けによって、災害時も自宅を安心安全スペースのまま維持できる可能性が高まります。
―どこから手をつければ良いでしょうか。
やまねさん 寝室とキッチンです。まず、寝室は高い家具を置かないことが基本ですが、置く必要がある場合は配置を見直してみてください。配置によって危険度が下がったり上がったりします。たとえば本棚などの家具をベッド上に倒れる角度で置いていると、揺れた時に直撃の可能性が高まり、ベッドと横並びにしておくと、その可能性は低くなります。家具を固定していても100%の安全はありません。どう揺れてどちら向きに倒れるか、自然のことなので分かりませんが、より安全な方法を検討してほしいと思います。棚の中の本や割れものだけ落ちてくる場合もある。防災という視点で棚の中を見直したら意外と不要なものが多いかもしれません。さらに言うと、実はその棚自体要らなかった、というケースもあるかもしれない。それでその棚を手放したら、1つ安全が増える、命が助かる可能性が高まります。
―なるほど。キッチンも見直しポイントが多そうですね。
やまねさん キッチンは、危険なものが最も多い場所です。食器類や包丁、はさみなどに加えて電子レンジや冷蔵庫など大きめの家電もある。揺れたらそれらが全部飛んできますが、キッチンは幅が狭い場合が多く、逃げ場がありません。1日3回ごはんを作っていると考えると、滞在時間は結構長い場所です。
また、皿や調理器具など、使う機会が多いもののほかにも、客用の食器セットや土鍋など使用頻度が少ないものもある。そういったものは、天井に近い吊り戸棚の奥にしまい込んでいる場合があります。普段使わないから手が届きにくいところでいいという発想はよく分かりますが、落ちてきた場合を考えるとこれはとても危険。重たいものは足下近くやキッチン外の収納を定位置にしましょう。もちろん処分の対象にしてもOK。お祝い事でもらった引き出物も、趣味でないなら思い切って手放しても良いと思います。
―避難リュックの準備も悩ましいです。「これでなんとかなるのだろうか」と不安がつきまといます。
やまねさん 非常用持ち出し袋ですね。能登半島地震や南海トラフ地震臨時情報発表を受けて準備した人は多いと思いますが、大事なのは中身の入れ替えです。年に最低でも1回、できれば2回、理想は4回、季節ごとに更新しましょう。夏は水で冷える冷感タオルや熱中症予防の塩分タブレット、冬はカイロやネックウォーマーを入れたいものです。市販の非常用持ち出し袋は購入後、すぐ開けて自分仕様にアレンジすることをおすすめします。市販品の中には自分が使わないものも入っています。たとえばロープ。使い方を知っていれば非常に役立ちます。ただ、使い方が分からず、今後使い方を習得しようという気にならないなら、袋から出して空いたスペースを活用した方がいいです。
―代わりに日持ちするお菓子などを入れても良いかもしれないですね。
やまねさん そうですね。保存用の食品については、家族の意見を反映して決めたら良いと思います。昔は非常食といえば乾パンのイメージでしたが、今はおいしいものがたくさんあります。たとえばごはん系でしたら、山菜ごはんとかおこわとかピラフとかいろいろ買ってみて、子どもたちもいっしょに一口ずつ分け合っての「試食会」をしてみてはどうでしょう。学校に通う年齢のお子さんがいるご家庭なら、学校で避難訓練があった日は家で保存食の試食をする、とイベント的に決めていてもいいと思います。缶入りのパンや外食チェーンの牛丼の素など、日頃とは違うメニューに子どもたちのテンションも上がります。非常食は高めなので買うのをためらう場合があると思いますが、普通に外食して家族4人で数千円以上かかることを考えると、たまにイベント気分で試食会をやる方が安く抑えられます。お母さんが食事作り、後片付けから解放されて、家族とゆっくり過ごせるメリットも。その夜は、電気を消してランタンだけで過ごしてみて、暗闇での生活の予行演習をやってもいいと思います。1度経験しておけば、災害時、冷静に行動できる助けになるかもしれません。
―話は戻りますが、頭で必要だと分かっていても片付けはつい後回しにしてしまいがちです。意識を変えるコツはありますか。子どもに片付けを促す声かけの仕方も教えてください。
やまねさん 誰にとってもスペースには限りがあります。快適に過ごすには、限られた「枠」の中に適切な量を選んで入れる。それしかありません。そのためには自分が持つ枠の容量を意識することが大切です。
お子さんにも小さいうちから「おもちゃの帰る場所(=枠)」の概念を教えてあげてください。遊んだ後は、親が横から片付けるのではなくて「それはどこから来たかな」などと会話しながら、元に戻す一部始終を見ていてあげましょう。子どもの気が乗らない時は「5分でどれくらいきれいにできるかな」とゲーム感覚で誘ってみても良いでしょう。
片付けない子どもについ言いがちな「片付けないなら捨てるよ」。これは、使わないでほしい言葉です。この言葉は「脅し」となってしまい、大事なものまで捨てられる!とおびえてしまうなど、子どもの心に悪影響を及ぼしかねません。また、ネガティブなワードを使うことで、片付けに対してマイナスのイメージを与えてしまいます。「この棚はあなたの枠だから、収納に使っても、宝物をディスプレイしても好きにしていいよ」と示した上で、「もしはみ出しそうなら、自分にとって何が大切かよく考えて捨てるものを決めようか」と、自主性を尊重する言い方をしてみましょう。
取捨選択のすすめは、幼い子に提案すると面白いです。幼児は純粋なので、本当に自分にとってその時に魅力的なものしか選びません。先週買ったばかりの新しい絵本も、サンタさんにもらった高価な玩具も、ためらいなく「不要」と決められます。そこで「ええっ、買ったばかりなのに」「高いのに」と言って捨てずに取っておくのは、親がそうしたいだけ。せっかく子どもは手放す決意をしたのに、親が足を引っ張っているケースがままあります。その場合、親が残したいと考えた高価なおもちゃは、子どもの枠でなく親の枠に移動させないといけないです。捨てたくないからと子どもの棚に置いたままにしておくのはいけません。大人も子どもも限られた枠の中でやりくりしないといけないのは同じです。
―耳が痛いです。子どもが要らないと言ったドールハウスセットを子ども部屋の押し入れに隠していました。思い出があって、つい…。
やまねさん 思い出があるものは、写真に撮って手放す方法もあります。子どもが幼稚園や学校で作った工作などは、その時の子どもの姿とともにカメラに収めたら、何歳の時の作品ということがすぐに分かり、記憶もよみがえりやすい。現物は手放す前にしばらく飾っておいて、楽しむ期間を作ったら良いと思います。
家の中の安全を高めるという視点を持ちつつ、自分が持つ枠のサイズを意識して片付ける。人(家族)の枠を尊重し、そこに自分の欲を進出させない。生き方を点検するのにつながるような、片付けの本質を教わった気がした。
(文・青木理子)